本当の親離れが、こんなにも晴れやかなものとは思わなかった

※この記事は、
親との関係に向き合ったある出来事の「その後」を書いたものです。
きっかけとなった出来事については、前の記事にまとめています。

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形の違う愛に気づいた日のこと

多くの人は、
本当の意味での親離れをしないまま、一生を終えるのだと思う。

それは悪いことではない。
むしろ、とても幸せなことだと思うし、羨ましく感じることもある。

親に甘えられるまま生きて、
最期まで「子ども」でいられる人生もある。

でも私は、違う道を通った。

経済的にはとっくに自立していたし、
離れて暮らしてもいた。

それでも、
心のどこかでずっと
「分かってほしい」「支えてほしい」「最後は味方でいてほしい」
そんな期待を、親に向けていた。

それが、あの出来事で終わった。

親を一人の人間として見た瞬間、
私はようやく、親から卒業できたのだと思う。

それは切り捨てでも、諦めでもなかった。
ただ静かに、役割を終えただけだった。

不思議なことに、
それはとても気持ちのいい感覚だった。

心の中が軽くなり、
誰にもすがらず立っている感じがした。

この感覚を得たことで、
私はもう、親がいつか死ぬ時も、
きちんと見送れる気がしている。

悲しみはあるだろう。
でも、後悔や未練に引きずられることはない。

離れていても、近くにいても、
心の距離は一定で、付かず離れずでいられる。

子どもの頃、
長女として背負わされた役割も、
妹に母を取られた」と感じていた感傷も、
いつの間にか、静かに成仏していた。

親を手放したのではない。
期待を手放しただけ

それだけで、
こんなにも自由になれるのだと、私は知らなかった。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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