「お弁当いらない」と言われた朝。怒りの正体は、大切にされなかった“私の気持ち”だった

朝のキッチンで、子がぼそっと一言。
「今日、弁当いらない」

その瞬間、胸の奥にじわっと怒りが湧いた。

私は毎朝、成長期の子どものためにお弁当を作っている。
漆のお弁当箱に、炊きたてのご飯、少し甘めの卵焼き、昨夜の残りをアレンジしたおかず。
飽きないように、少しでも楽しみになるように。
眠い目をこすりながら、毎日続けている “小さな愛の仕事”。

それなのに。
持っていかないなら、前日に言ってほしかった。
あと30分寝ていられたし、何より、せっかく作ったお弁当の行き場がない。

「私の努力、なんだったの?」

そう思った瞬間、怒りの芯に触れた気がした。


目次

■ 怒りの正体は「無視されたように感じた気持ち」

深呼吸して、少し冷静になって考えてみた。
私が一番イヤだったのは——

“あなたのために頑張っている気持ちを、大事にされなかった” という感じがしたこと。

踏みにじられた…という大げさな言葉が頭をよぎったけれど、実際はもっと小さなこと。

子どもは私を傷つけるつもりなんてない。
ただの “うっかり”。
私だって、やる。

そう思ったら、怒りは半分くらいスッと溶けていった。


■ 感情をそのままぶつけても、誰も幸せにならない

感情に任せて責め立てたら、きっと朝から大戦争になっていた。
お互いに嫌な気持ちを引きずったまま一日をスタートすることになっただろう。

でも今回は、ギリギリ踏みとどまった。

「なんでこんなに腹が立つんだろう?」
そう自分に問いかけてみると、意外と答えはシンプルで、些細だった。


■ ■ 大切なのは “人にぶつける前に、自分と対話すること”

私たちは、家族にも職場でも、
ちょっとした言い方やタイミングで心がざわつくことがある。

でもそのざわつきの裏側には、
「わかってほしかった気持ち」
が隠れていることが多い。

だからこそ——

感情をぶつける前に、自分と対話する。
それだけで、余計な争いをひとつ避けられる。

そして、人間関係も自分の心も、少し静かに整う。

今日のお弁当は、午前中で帰ってきた子が美味しそうに食べてくれた。
なんだかんだで、それだけで少し救われる。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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