「私を最優先にする」から続く、大人の夫婦の距離感──自立と愛情のバランスの話

夫の介護を続けながら何年も暮らしてきて、
ひとつだけ確信していることがあります。

それは
「私を大切にできているからこそ、彼を大切にできる」
ということ。

夫婦は“二人で一つ”と言われることもあるけれど、
私はそうは思っていない。

二人がそれぞれに“自分の人生を生きた上で寄り添う”方が、
ずっと強くて、ずっと長く続く。

今日はそんな、大人の夫婦の距離感の話です。

 


自分を最優先にすることは、わがままではない

若い頃は、
「相手を大事にする=自分を後回しにすること」
だと思っていた時期もあった。

でも歳を重ね、
夫の介護が始まってからハッキリわかった。

自分を犠牲にすると、関係はいつか必ず壊れる。

疲れ、怒り、虚しさ…
溜め込んだものは必ずどこかで漏れ出す。

だから私は、
自分の生活を整え、
やりたいことを諦めず、
助けてもらえるところは迷わず外部に頼り、
“私の人生”をちゃんと歩くようにしている。

それはわがままじゃなくて、
愛情を長く続けるための土台。

 


その余白があるから、彼を支えられる

自分をすり減らさない。
その前提があるからこそ、
私は彼の願いや日々の不便を、
穏やかな気持ちで受け止められている。

負担としてではなく、
「彼の人生を少しだけ支える手」としていられる。

これは、
“犠牲で支える”介護とは根本的に違う。

余白があるからこそ、
彼の日常を助けることが愛情として成立する。

そして彼も、
その距離感を感じ取っているのだと思う。

「私を壊してまで尽くさなくていい」
そう思ってくれている安心感がある。

 


対等だからこそ、素直に願いを言ってくれる

夫に「何がしたい?」「何が食べたい?」と聞くと、
彼は意外と遠慮なく言う。

「回らない寿司」
「フカヒレ」
「ハワイに行きたい」

正直に言えば、
「おいおい、もっと控えめに…」と思うこともある。
でもね、その素直さが嬉しい。

遠慮しすぎる関係って、
実はお互い苦しくなる。

願いを言ってくれるのは、
「あなたなら受け止めてくれる」
という信頼の証なんだと思う。

その願いを全部叶えられるわけじゃなくても、
気持ちはちゃんと受け取る。

それで十分なんだ。

 


お互いに寄りかかりすぎない関係は、長く続く

夫婦は支え合うものだと言われるけれど、
支え合いと依存は違う。

私は私の人生を歩き、
彼は彼の人生を生きる。
その上で重なる部分だけを、
丁寧に大事にしていく。

その形が心地よい。

離れてしまっても壊れない関係。
寄り添っても重たくならない距離感。

「自立した二人が、選んで続けている関係」

これが、今の私たち夫婦の姿だと思う。

 


【やさしい余韻】

大切な人と長く続く関係は、
頑張りすぎても
我慢しすぎても
犠牲を払いすぎても
うまくいかない。

続く関係はいつだって、
“自分を大切にする余白”の上に成り立っている。

私は私の人生を確かに歩きながら、
彼の人生にそっと寄り添っていく。

その距離が、私たちのちょうどいい場所。
今日も静かに、ここからまた生きていく。

 

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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