仲の良い女将仲間と、久しぶりにゆっくり食事をしました。
同じ町でそれぞれのお店を守っている女性たち。
会えば自然と仕事の話になるけれど、誰かを責めることも泣き言だけでもなく、いつもただ「飲食って、本当に大変だよね」という一言から静かに始まります。
■ 飲食は華やかに見えて、実は“静かに戦い続ける仕事”
利益率は薄くて、食材は生き物で在庫管理は難しい。
設備投資は重く、天候やスタッフの体調にさえ左右される。
最近の物価高をすぐにメニューに反映するのも怖い。
身体を壊せばすぐにお店の流れが止まる。
そして何より、
長く続けるほど“未来への小さな不安”が静かに積み重なっていく。
「この体、あと何年持つんだろう」
「返済は本当に続けられる?」
「もし買ってくれる相手がいるなら、手放すという選択肢も…?」
そんな本音も、長年やってきた人ほど一度は胸の奥に浮かぶものです。
弱音ではなく、誇りを持って働いてきたからこその正直な感覚。
■ 飲食を続ける女性たちの “横顔の美しさ”
みんな悩んでいるし、みんな不安を抱えている。
それでも仕込みの手を止めず、
お客様の笑顔を思い浮かべながら、今日も厨房に立っている。
その姿って、説明のいらない強さがあるんですよね。
先日もふと思いました。
**「この仕事は本当に大変なのに、それでも店を続ける人の横顔は、どうしてこんなに美しいんだろう」**と。
派手さではなく、
静かな誇りがにじむような横顔。
それは、
“この町で、自分の味を守り続けてきた人だけが持つ光”
なのだと思います。
■ 続けることに揺れる日があっていい
仲間との会話には、こんな言葉が何度も出てきます。
「雇われに戻りたいと思うこともある」
「もう少し楽な仕事だったら…って思っちゃう時あるよね」
でも同時に、
「でも、自分の店をつくってきたのは私たちなんだよね」
という小さな誇りもちゃんとそこにある。
どちらの気持ちも本当です。
揺れながら続けていくのが、この仕事のリアル。
そしてどんな仕事も大変な面と誇りに思う面があると思うのです。
■ 隣の芝は青い。でも、立っている場所で咲いている人たち。
どんな業界も、外から見れば簡単に見える。
飲食もそのひとつで、繁盛に見えて実はギリギリだったり、苦労を抱えながら続けている人も多い。
今日の会話を通して感じたのは、
「その人が立っている場所でしか見えない景色がある」ということ。
みんな違う悩みを抱えて、
みんな違う責任を背負いながら、
それでもこの町で美味しい店を続けている。
そしてその姿こそが、
私にはとても尊く、そして美しく見えたのです。
■ あの日の帰り道に思ったこと
「隣の芝は青く見える」という言葉は耳慣れているけれど、
実際はどの芝にも雑草が生えているし、
それでも丁寧に手入れしている人だけがわかる苦労がある。
仲間たちの話を聞きながら、
私は自分の店のことも、これからの暮らしのことも、
少し穏やかに受け止められた気がします。
大変さの中にも、
静かに続けてきた人だけが持つ誇りがあって、
その横顔は本当に美しい。
そのことだけ、今日は胸にそっと置いて帰りました。
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