願いを素直に言える関係の心地よさ──介護の中にある“ふたりの余白”の話

夫に「何がしたい?」「何が欲しい?」と聞くと、
彼は遠慮なく答える。

「回らない寿司が食べたい」
「食べ放題じゃない焼肉」
「フカヒレが食べたい」
ハワイに行きたい

正直、「いや、ちょっとは遠慮しろよ」と思うこともある。
介護にはお金がかかるのだ。
でも、その“素直さ”が私は嬉しい。

今日は、そんな私たちのエピソードを通して、
願いを言える関係の大切さを静かに書いてみたい。

 


願いを言えるのは「この人なら受け止めてくれる」と思えるから

遠慮しすぎる関係は、
いつか息苦しさに変わってしまう。

でも彼は欲しいものを、まっすぐ言ってくれる。
それは、
「私なら気持ちごと受け止めてくれる」
という信頼の表れだと思っている。

願いを言えるって、実はすごいことだ。

 


ポータブルテレビをめぐる小さな事件

ある日、彼がこう言った。

「自室で見られるポータブルテレビが欲しい」

正直、少し考え込んだ。
介護にはお金がかかるし、
子どもの進学資金も貯めている。
願いは全部叶えてあげたいけれど、予算にも限りがある。

でも最終的に私はこう思った。

「彼が本当に欲しいものなら、一緒に見に行こう」

車椅子を押しながら家電量販店を回り、
ポータブルテレビのコーナーへ。

値段は2万円から7万円まで、ピンキリ。

私は心の中で
「2万円のでいいじゃん…」
と思っていた。さりげなくそれを勧めた。

ところが彼は、
迷いなく パナソニックのビエラ を指差す。

「これ、画面が綺麗なんだよ。部屋でもお風呂でも見られるし」

値段は5万円超え。

いや、それ選ぶ??……と思いながら、
その頑なな表情を見ていたら、
なんだかかわいくなってきた。

彼は昔からガジェットが大好き。
細かいこだわりがあって、それが彼らしさだった。

その“彼らしさ”が、介護が始まっても残っていたことが
ちょっと嬉しかった。

結局、ビエラを買って
ホクホク顔の彼と帰ってきた。

私は心の中でこう思った。

「まあ、こういうところが可愛いんだよね」

 


願いを叶えることより、“言ってくれること”がうれしい

願いが高級であっても、
叶えるかどうかよりも大事なのは、

「本音を言ってくれた」という事実。

本音をしまい込むと、
夫婦はどんどん静かにすり減っていく。

でもうちは違う。

「欲しい」と言ってくれる。
「したい」と言ってくれる。

その素直さが、
私にとっては何よりの安心感だったりする。

 


ハワイは無理でも、沖縄で少しだけハワイの風を感じた

彼が「ハワイに行きたい」と言った時、
私は現実的に考えて難しいと思った。

でも代わりに、
沖縄のハレクラニに連れて行った。

海の光が静かにゆらぐプールサイドで、
パイナップルの刺さったカクテルを飲んで、
少しだけハワイに近い景色を見つめていた。

ふたりとも、
その時間だけは「介護の外側」にいた。

願いを全部叶えることはできなくても、
願いに寄り添うことはできる。

それで十分すぎるほど幸せだった。

 


本音でいられる関係は、思った以上に強い

大人になると、
願いを言葉にするのが難しくなる。

我慢が美徳とされ、
遠慮が“優しさ”と勘違いされることもある。

でも私は思う。

願いを言える関係は、壊れにくい。
願いを聞ける関係は、優しくなれる。

それが、
私たちが今も一緒にいられる理由のひとつ。

 


【結び】

願いを素直に言えるというのは、
単なるワガママじゃなくて、
「あなたになら言っても大丈夫」という信頼の形。

その信頼を受け取ることも、
ときどき叶えてあげることも、
大人の夫婦のあたたかい営みだと思う。

今日も彼は新しいビエラを嬉しそうに眺めている。
その横顔を見ながら私は静かに思う。

“本音を言ってくれる関係って、いいな。”

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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