私は夫の介護を続けています。
でもそれは、「妻だから背負うべき」だからではありません。
夫が今も、私にとって大切な人だから。
その笑顔が、私の仕事や日々の原動力になっているから。
それが、私が一緒にいる理由です。
でも一方で、どんな関係であっても
「選び直す自由」はあっていい
と強く思うようになりました。
そんな“健やかな距離感”について、
今日は静かに書いてみようと思います。
夫婦だからといって、すべてを背負う必要はない
日本には「夫婦は運命共同体」という価値観が根強くあります。
それ自体は素敵な文化だけれど、
時にそれが“自分をすり減らす呪い”のように働く人もいる。
献身も愛情も、
自分の心と身体が健康であってこそ続けられるもの。
夫婦という枠より前に、
ひとりの人間としての尊厳や健やかさを大切にしたい。
これは、介護に向き合いながら私が少しずつ気づいてきたことです。
私が夫と一緒にいる理由
介護は、正直に言えば楽ではありません。
日常のリズムも変わるし、心が折れそうになる日もある。お金ももちろんかかります。
それでも私は夫と一緒にいる。
それは「義務」ではなく、
“彼を大切に想う気持ち”が今もちゃんと私の中にあるから。
夫の笑顔に救われる瞬間がある。
彼との歴史が、私の人生の一部になっている。
愛情って、形を少しずつ変えながら続いていくものなんだと実感しています。
でももし、そうじゃなくなったら
ここからが、私が大事にしている価値観。
もしこの先、
お互いを苦しめるだけの関係になってしまったら——
どちらかの心や身体が壊れてしまうような状況になったら——
「離れる」「手放す」という選択肢があってもいい。
それを“失敗”と呼ぶ必要はないと思うのです。
夫婦だからこそ、
お互いの人生を尊重するために距離を置くこともある。
それもまた、愛情の一つの形だと思うから。
不動産と同じように、人生にも“選び直し”がある
最近、不動産売却の経験を通して感じたことがあります。
家も結婚も、
「一生持ち続ける」ことが正解だと思われがち。
でも実際は、どちらも“その時の自分に合っているか”の方がずっと大切。
- 人も変わる
- 価値観も変わる
- 状況も変わる
だから選び直すタイミングが来るのは自然なこと。
持ち続けるも手放すも、
どちらも正解なんだと思えるようになりました。
“続ける”も“手放す”も、どちらも尊い
私は夫と共に生きることを選び、介護を続けています。
それは、私にとって今は自然なことだから。
でももし、
その選択が自分を追い詰めるものになったら、
私は別の道を選んでもいいと思っている。
続ける選択も尊い。
手放す選択も尊い。
大切なのは、
「自分を犠牲にしない関係でいたい」という軸を守ること。
誰かの基準で生きるのではなく、
自分と相手がいちばん健やかでいられる距離を選んでいい。
【結び】
夫婦だからこそ、
無理に背負わなくていいことがある。
そして、背負い続けなくてもいい未来がある。
私はこれからも、
“心が選ぶ距離感”で生きていきたい。
人生は、何度でも整えられる。
またここから、静かに歩いていけばいい。
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