昔、お料理教室のアシスタントをしていた頃のこと。
3月の献立は「春のちらし寿司」。
干瓢、干し椎茸、れんこん、にんじん……
ちらし寿司らしい材料の中に、ひとつだけ謎の単語があった。
「さいまきえび」
「まあ、エビでしょ。エビと言ってるし。」
そのまま発注した過去の私を羽交締めにして止めたい。
■ 当日の朝:不穏な“桐の箱”
当日は朝からバタバタ。
乾物は戻す、野菜は切る、生徒さんは続々やってくる。
そんな中、魚屋さんが
美しい桐の箱を置いていった。
「さいまきエビねー!」
——桐箱。
この時点で何かに気づくべきだった。
(普通のエビ、桐箱で来ない。)
でも私は冷蔵庫にそのままIN。
未来の自分の悲鳴も知らずに。
■ 教室開始直前:桐箱オープン
材料を班ごとに分けようとして、ふと思い出す。
「エビ!!」
急いで箱を取り出し、蓋を開けた瞬間、
思わず身を引いた。
おがくず。
そして、その中で……何かがうごめいている。
そう、
さいまきエビ、生きてるタイプ。
■ ここから地獄タイムへ突入
箱を少し持ち上げただけで
ビチッ!!ピッ!!
と飛び跳ねる。
おがくずは舞い、生きたエビは縦横無尽。
材料を分けるバットの中に収まるわけがない。
そして何より怖かったのが、
▶ 生きていると“足がいっぱい”がめちゃくちゃ強調される問題
普段スーパーで見るエビは動かないから平気。
でも、生きて跳ねるエビって、
足、多い。
そして全部が動く。
それを目の前で見ると、猛烈に怖い。
意を決して捕まえようとする → エビが跳ぶ → 足がワサワサ → 破壊力抜群
もう本当に怖いの。
結果、エビを班ごと分けようとしながら
「ぎゃああああ!!!」
と叫ぶ私。
生徒さん固まる。
先生フリーズ。
エビだけ元気。
あの後どう収束したかは記憶がない。
脳が忘却を選んだのだと思う。
■ 【やさしい余韻】
あの日のエビが教えてくれたこと
エビ騒動の後、しみじみ思ったの。
わからないものや、面倒なことを放置すると
後で必ず“もっと厄介な形”で戻ってくるって。
仕事でも、お金でも、介護でも、健康でも。
「まあ、いいか」で流した小さな違和感が、
後になって跳ね返ってくる。
しかもだいたい、
跳ねながら・おがくずまみれで・足がいっぱいの姿で。
だから今の私はこうしている。
わからないものはその場で確認する。
小さな疑問をごまかさない。
怖い未来は先にそっと覗いておく。
それだけで、毎日の暮らしはずっと穏やかになる。
あの日の荒ぶるエビは、
そんな大事なことを全力で教えてくれたんだと思う。
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