引っ越しに伴って、たくさんのものを手放した。
家具、食器、服、思い出の品——どれも自分のお金で買ったものばかり。
だからこそ、捨てるときは胸がズキッと痛んだ。
「まだ使えるのに」「もったいない」と、何度も手が止まった。
でも、その感覚って投資の「損切り」とすごく似てる。
捨てる=過去の自分の努力を手放すこと
モノを捨てるという行為は、
ただ“空間を片づける”ことじゃない。
そこには「自分が働いて得たお金」と「そのときの選択」を
いっしょに手放す感覚がある。
だから痛い。自分の過去を否定するような気さえする。
でも、その痛みの奥には気づきがある。
「これは今の私には、もう必要ない」
そう認めることができた瞬間、
不思議と心の中に空白ができて、
新しい風が入ってくる。
投資の損切りも、同じ構造
投資で損切りをするときも、似た痛みがある。
「ここまで我慢したのに」「戻るかもしれない」
欲と希望的観測。
そんな気持ちが手放しを阻む。
何より辛いのは、
自分が選んだ銘柄が下がり続ける現実に向き合うこと。
見たくなくて、つい目を背けたくなる。
でも、それは自分の過去の選択から逃げることでもある。
勇気を出してグラフを見つめ、
「なぜこの銘柄を選んだのか」「これからどうするのか」
と自分に問い直す時間が必要だと思う。
含み損を抱え続けることは、
動かせるはずの資金を過去に縛りつけてしまう。
モノであれ株であれ、
“持ち続けるコスト”に気づくことが成熟のサイン。
モノと銘柄の選び方は、同じ軸で考えたい
今回の断捨離を通して、学んだこと。
これから持つモノは吟味して選びたい。
そしてこれから持つ銘柄も、同じように厳選したい。
「なんとなく好き」「安いから買う」ではなく、
「心から長く付き合いたいか」で決める。
持つということは、
そのモノや企業に自分の時間とエネルギーを投じるということ。
だからこそ、“持つ覚悟”が必要なんだと思う。
結論:「持つこと」には覚悟を、「手放すこと」には勇気を
断捨離も投資も、結局は自分と向き合う作業だった。
何を手放し、何を残すのか。
それを選ぶ力こそが、資産を整える力だと思う。
“手放す痛み”を経験した今、
私はようやく「持つ」ことの意味を理解できた気がする。
そして最近になって強く感じるのは、
「どんなふうに手放すか」——出口の設計こそが、
持つことと同じくらい大切だということ。
断捨離にも投資にも、そして不動産にも“出口戦略”がある。
どんなに気に入っていても、
どんなに思い入れがあっても、
いつかは手放す日が来る。
その時をどう迎えるかを意識しておくことで、
今の選択にも、安心と自由が生まれる。
🪞お金を整えることは、心を整えること。
そして、“出口を意識すること”は、
これからの人生をより軽やかに生きるための準備なのかもしれない。

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