健康と病気、喜びと苦しみ──すべてが表裏一体だと気づくまで

私たちは、つい「良いことだけ起きればいいのに」と願ってしまいます。
けれど人生は、いつも表と裏が一緒になってやってきて、
喜びの側には必ず影があり、影の側にも確かな光がある。

夫の介護を通して、私はその“表裏一体の世界”を深く感じるようになりました。

健康だから病気になる。
出会ったから別れが来る。
愛したから心が揺れる。

どれか一つだけを選ぶことはできない。
それでも、すべてを抱きしめるように受け止めていく過程で、
静かな覚悟のようなものが胸に宿っていきました。

今日はその気づきを、そっと綴りたいと思います。


目次

健康も病気も「ただの出来事」だと気づいた瞬間

夫が病気になったとき、私は強烈な感情を抱きました。
不安、悲しみ、怒り、やるせなさ——
気持ちが何度も波のように押し寄せてきました。

でも、ある時ふと思ったのです。

「夫は健康だったから病気になれたんだ」

健康が“表”なら、病気は“裏”。
どちらかだけの世界は存在しません。

売上が良い時があるから、悪い時もある。
価値観が合う人がいるから、合わない人もいる。
出会いがあるから、別れがある。

世界はいつも、表裏一体でできている。

ただその現象に“良い・悪い”のラベルを貼っているのは、
いつも自分自身なのだと気づきました。


理解していても涙が出る。それが人間らしさ

現象としては中立だと理解していても、弱っていく夫を見て涙が出ました。
頭でわかっていても、心は揺れる。

そこには矛盾なんてありません。
感情のレイヤーは、哲学のレイヤーとは別の速度で動いているのです。

  • 悲しい
  • 切ない
  • 愛しい
  • 苦しい
  • どうしようもない
  • でも受け止めようとしている

そんな複雑な感情が、ひとつの涙になって流れていきました。

理解しても揺れる——それが、人間らしさなのです。


不思議と、夫のことだけは強烈に心が動く

売上が下がったとき、
仕事が失敗したとき、
信じていた人に裏切られたとき。

あの時は悔しかったし不安でした。
でも、涙が出るほど心が動くことはありませんでした。

夫のことだけ、
心の奥が驚くほど強烈に反応するのです。

その理由はひとつ。

私の人生の一部を、彼と深く共有してきたから。


弱っていく夫が見せてくれた“素直な強さ”

夫は病気になっても、愚痴をこぼしません。
できないことが増えていく現実も、
隠すでもなく怒るでもなく、淡々と受け入れていく。

人は弱るとプライドにしがみつくものなのに、彼にはそれがありません。

診察では平然と
「先生、漏らしちゃうんだ」
と言えるほど。

人が最も隠したがる部分でさえ、彼は隠さない。

その姿を見て思いました。
なんて素直で、なんて強い人なんだろう。


子どものように喜ぶ姿が、ただただ愛おしかった

高価なポータブルテレビを欲しがったときもそうでした。

安いものに誘導しても、彼はぶれない。
昔からガジェットと映像が好きで、
自分の“好き”を大切にする人。

最終的に買ってあげると、
取説を隅から隅まで読み込み、
触っているだけで嬉しそうにしていました。

あの姿は、言葉にできないほど愛おしかった。

買ってよかったと、心から思えた瞬間でした。


悲しみではなく「静かな覚悟」が訪れた

夫が弱っていく姿を見ながら、
ある日、私は静かに決めていました。

「彼の葬式は私が出そう」

涙でもなく、パニックでもなく、
ただ静かで落ち着いた覚悟。
彼にも伝えてあります。


「最期まで私がついてるからね」

結婚式は挙げていませんが、
病める時も健やかなる時も一緒にいる
という約束は、心のどこかに自然に結ばれていたのだと思います。

覚悟は悲しみとは違う。
諦めとも違う。

“最期まで見届ける” と自分の意思で選ぶこと。

それが、彼との縁に対する私の答えでした。


すべてが表裏一体の世界で、彼と生きられたことが嬉しい

もし「病気」という出来事がなかったら、
私は彼の深い部分に触れることも、
この静かな覚悟に出会うこともなかったかもしれません。

もちろん辛い。
涙が出るほど辛い。

でもその分、
共に生きてこられたことが嬉しい。

どれもひとつの流れの中にあり、
般若心経のように、

あるけど、ない。
ないけど、ある。
すべては流れていくもの。

その流れの中で彼と歩けた時間は、
私にとって確かな宝物でした。


結び

人生のすべては、手のひらの表と裏のように結びついています。
もし悲しみがなかったら、喜びにも気づけない。
もし病気がなかったら、健康の尊さを知らないままだった。

そう思うと、夫と歩んできた日々は
良いことも悪いことも含めて、まるごと宝物です。

これからも揺れる日があると思います。
でも揺れていい。
揺れながら進むのが、私たち大人の人生なのだから。

今日の気づきが、誰かの心を少しでも軽くできますように。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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