片付けが苦手だった私が50歳で気づいた「スッキリ暮らしの本質」──目的を思い出したら片付けが動き出した話

若い頃から、料理も仕事も人づき合いもそれなりにこなしてきた。
でも、どうしても苦手なことが一つあった。

片付け。

掃除は好き。
でも“片付け”は違う。
物の所在が分からなくなり、探しては買い足し、後から出てくる。
そんな自分を長いこと「ダメだなあ」と思ってきた。

——今回の引っ越しで、その理由と向き合うことになった。


目次

■ 捨てられない理由は、昭和の価値観だった

片付けができない原因を探ると、
見えてきたのは もったいない精神
昭和ど真ん中の私に染み付いている価値観です。

まだ着られる。
まだ使える。
誰か欲しいかもしれない。

そう思っては取っておく。
でも本当は分かっていた。
その“誰か”は現れないし、自分も結局使わない。

「もったいない」という言葉の奥には、
捨てる罪悪感から目をそらしたい自分 がいた。

そこに気づいてから、買うときの基準が変わった。

  • 本当に必要?
  • 他のもので代用できない?
  • 捨てる手間を想像しても欲しい?

家に入れる前に一度立ち止まると、
物との距離感が変わっていくのを感じた。


■ 片付かない理由は“住所がないだけ”だった

引っ越し準備をしながら驚いた。

爪切り4個、ハサミ6本、ペンは山ほど。
見つからないから買い足し、後から出てくる——このループ。

原因は単純だった。

物の住所が決まっていなかった。

一度「ここに置く」と決めるだけで、
片付けは驚くほどラクになる。
整えるってこういうことなんだと腑に落ちた。


■ ラベルを綺麗にしようとすると、片付けは止まる

物の住所を決めたあと、もうひとつの壁にぶつかった。

ラベリングだ。

以前の私は、
“テプラで綺麗に作らなきゃいけない”
と思い込んでいた。

フォントを揃えて、真っ直ぐ貼って、見た目も美しく。
それは確かに理想だけれど、実際は手が止まる。

ラベルを完璧にしようとすればするほど、
片付けが前に進まなくなる。

そこで、思い切ってやめた。

✦ マステに油性ペンで書くだけ。

字が綺麗じゃなくてもいい。
少し曲がってもいい。
読めれば十分。

置き場所を変えたければ剥がして貼り替えるだけ。
ゆるさを許すと、暮らしは動き出す。

そして気づいた。

ラベルを綺麗にすることが目的じゃなかったんだ。
暮らしを軽くすることこそ、本当の目的だった。


■ “目的と目標のズレ”は、人生でもよく起こる

この経験を通して、はっとした。

片付けだけじゃなくて、人生のいろんな場面で、
同じことが起きている。

  • 投資は「老後の安心のため」なのに、数字ばかり追って疲れたり。
  • ダイエットは「健康のため」なのに、体重に縛られたり。
  • 仕事は「自分の人生をつくるため」なのに、評価に振り回されたり。

目的を忘れると、行動がつらくなる。
目的に戻ると、また動き出せる。

片付けも、人生も、
“何のためにやるのか” という問いに戻ることで整っていく。


■ 結論:片付けられなかったのは“性格”じゃなく“仕組み”

長いこと、自分は片付けが苦手だと思っていた。
でも今ならはっきり言える。

片付けられないのは、性格じゃない。
仕組みが整っていなかっただけ。

物を手放す基準を変え、
住所を決め、
ラベルの完璧さを手放し、
目的に戻る。

これだけで、暮らしは信じられないほど軽くなる。
部屋が整うと、人生も静かに整っていく。

そんな気づきの積み重ねで、
今日の私は少しだけ生きやすくなった。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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