介護する側のケア──「キーパーソン」を任された日の衝撃と、自分を守るための静かな決意

夫の介護が始まった日のことを、今でも鮮明に覚えています。

担当のケアマネさんから
「あなたがキーパーソンですね」
そう言われた瞬間、
私は夫の“保護者”になったような気がしました。

その日から、介護のプロたちがチームとして動き始め、
夫を中心とした“プロジェクト”が立ち上がったように感じたんです。

看護師さん、ヘルパーさん、リハビリの先生。
皆さんが本当に心強く、温かくて、
「ああ、夫を支える体制が整った」と深く安心しました。

でもその安心感の裏側で、
ふとこんな疑問が湧き上がってきたんです。

「じゃあ、私のケアは…誰がしてくれるんだろう?」


目次

■ 介護は“家族の生活”を揺らす出来事

一家の大黒柱を介護するというのは、
体調面だけの問題ではなく、生活の基盤が揺らぎます。

収入の不安、家事と仕事の両立、子どものこと、
そして夫の介護。

誰より自分がしっかりしなくてはいけないはずなのに、
心のどこかでふっと疲れが出る瞬間がある。

介護の現場にいるプロの方たちは、
家族の様子もよく見てくれる。
でも、彼らの役割は“夫のケア”。
私の心と体のケアまでは手が回らない。

頭では「私がやって当たり前」と思っていても、
心の内側では静かにすり減っていく。

そんな日々でした。


■ 介護中の“罪悪感”という重たい感情

介護が続くと、どうしても自分のことが後回しになります。
時間も、お金も、心の余裕も。

本当はコーヒー一杯でも、好きな入浴剤でも、
自分のためにちょっと使えば心が軽くなると分かっているのに――

「介護にこんなにお金がかかっているのに…」
「自分だけ何か買うなんて贅沢なんじゃないか」

そんな罪悪感が、そっと横からささやくんです。

でも、私はある日気づきました。

自分をケアするお金は、“浪費”じゃなくて“燃料”なんだと。

介護をしている人って、本当に優しくて思いやりがあって、
つい“自分よりも誰か”を優先してしまう。

だからこそ、知らないうちに疲弊しているんですよね。


■ 私をケアするのは、私しかいない

ある時、私は静かに決めました。

「私をケアするのは、私しかいない」

そこから、小さなルールをつくりました。

・休みの日はしっかり休む
・湯船にゆっくり浸かる
・食べたいものを食べる
・友達に会って話す
・ひとりでふらっと映画を見に行く

ほんの小さなことでも、
これを許してあげられるかどうかで、
翌日の心の重さが全然違いました。

自分を犠牲にした優しさは、長く続かない。
自分を大切に扱うからこそ、大切な人を守る力が戻ってくる。


■ 介護する側が壊れたら、誰も守れない

これは、胸を張って言えることです。

介護する側が壊れてしまったら、
大事な人を守ることはできない。

自分を大事にすることは、わがままでも甘えでもなく、
“この状況を長く続けていくための戦略”です。

誰かの人生を支えるという、静かで強い役割を背負っているからこそ、
あなた自身に少しの栄養と、少しのやさしさが必要。

これは贅沢ではありません。
“必要経費”なんです。


■ 誰にも言えないしんどさを抱えているあなたへ

今、介護をしている誰かが
「本当はちょっと泣きたい」「本当は休みたい」
そんな思いを隠しながら毎日を回しているのなら。

どうか、自分のためにひと呼吸分だけでも
優しい時間を残してほしい。

あなたが少し軽くなると、
大切な人も、その家族も、
みんなが少し楽になるから。

介護する側のケアは、誰とも比べなくていい。
そして何よりそれは――

あなたが今日を生き延びるための、静かな愛のかたち。


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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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