丁寧に選んだものが暮らしに入ってくると、
心の風景までそっと整っていく――今日はそんな一日だった。
地元の物産展に、出展者として立ってきた。
持って行った私の商品はありがたいことに完売して、
ふっと余裕ができたので、会場をゆっくり歩いてみた。
農家さんの土の香り。
漁師さんの海風のような声。
林業の方が持ってきていた木のチップは、
アロマオイルよりずっと爽やかで、
鼻の奥がすっと澄んでいくようだった。
「この人たちは、“土地”と共に生きているんだな」
そんなことを思いながら歩いていると、
胸の奥がじんわりと温かくなっていった。
漆の細工が美しい髪留めをひとつ。
陶芸作家さんの急須をひとつ。
旬の果物も買った。
髪留めは指先で触れると、
ひとつひとつの模様に込められた時間と技が伝わってくる。
作り手の息づかいが静かに宿っていて、
手に取るだけで気持ちが少し整う。
急須もまた、手のひらに吸い付くような温かさ。
お茶を淹れるたびに、今日の会話や笑顔がふっと蘇りそうで、
その余白がなんだか嬉しい。
手仕事のものには、
作り手の時間や技がそのまま刻まれている。
だから手元に置くと、暮らしの温度がそっと上がる。
その変化まで含めて考えると、
“価格”よりずっと深いところに価値があるんだと思う。
そして今日は、自分の商品が売れたこと以上に、
私自身も誰かの作品を買って、
その方のお財布をほんの少しだけ潤わせたことが嬉しかった。
お金って、ただ減る数字じゃなくて、
誰かの手から誰かの手へ巡っていくとき、
そこに温度とエネルギーが宿る。
作り手が心を込めて作ったものを私が迎え、
対価としてお金を渡す。
その品がまた、私の日々を整えてくれる。
そんな小さな循環の中にいられたことが、
なんとも言えず幸せだった。
心から納得して使ったお金って、
そのときだけじゃなくて、後から思い出しても嬉しいし、
暮らしの中で実用としても役に立つ。
そうなると、使ったはずのお金が、
むしろ“増えた”みたいに感じるから不思議だ。
もともと私は、
「作り手の顔が見えるもの」
に惹かれるところがある。
量産品が悪いわけではない。
でも、丁寧に作られたものは、
日常の中に小さなぬくもりを置いていってくれる。
家に帰って買ったものを並べてみると、
今日の出会いがそのまま小さな宝物になっていた。
こうして少しずつ、
自分の暮らしを好きなもので満たしていく。
それが、人生を整えるということなのかもしれない。
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