介護うつ寸前で気づいた「限界のサイン」── 手放したことで家族が守られた話

介護の渦中にいると、自分の限界に気づけないものです。
私もあの頃、本当にそうでした。

昼は仕事をして、帰れば子どもの世話をして、
洗濯・掃除・料理・片付けをこなして、
そして夜になると夫の介護が始まる。

着替えを手伝い、薬を飲ませ、
夜中のトイレにも何度も付き添い、
眠りにつく頃には外が明るくなっていることもしょっちゅう。

“昼は仕事、夜は介護。そのまま朝になってまた仕事。”
そんな生活を、私は正しさだと思い込んでいました。

夫も家で過ごしたいと言っていたし、
私がやらなきゃ、私が支えなきゃ——
その気持ちが、気づかないうちに私を追い詰めていました。


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■ 気づかぬまま限界を超えた日

ある日、自宅の駐車場で
アクセルを踏み間違えて塀に激突しました。

幸い自損事故で済みましたが、
「もし誰かを巻き込んでいたら」と想像した瞬間、
身体が震えました。

その直後に 帯状疱疹 が出て、
ようやく私は気づいたんです。

—— 私、もう限界だったんだ。

些細なことで涙が止まらなかった日も、
夫の小さなできないことに苛立ってしまった日も、
全部、心が警報を鳴らしていたんですよね。


■ 夫に申し訳なくて、決断できなかった

「施設に預けたらかわいそう」
「私が頑張らなきゃ」
「罪悪感で押し潰されそう」

介護する側が追い込まれていても、
人は不思議と“自分を犠牲にする道”の方を選んでしまいます。

でもね、限界を突破してしまったら、
介護どころか生活そのものが回らなくなる。
心と身体が壊れたら、家族を守るどころではなくなるんです。

私は、夫に申し訳ない気持ちと、
自分の弱さを許せない気持ちで葛藤しながら、
最後は 施設に入ってもらう決断 をしました。


■ 手放したら、ようやく戻ってきたもの

夫はプロに見守られ、安全な環境で穏やかに過ごせるようになりました。
そして私は、夜に眠れるようになり、
毎朝「今日を普通に始められる」という安心が戻ってきました。

会いに行くときはいつも笑顔でいられて、
夫も穏やかな表情で迎えてくれる。

介護を手放すことは、“愛を手放すこと”じゃなかった。
家族全体を守る、静かな決断だったんですよね。


■ 【結論】介護うつになる前に、「手放す」という勇気を

本当に追い詰められて鬱になってしまうと、
介護どころではなくなります。

だから、限界になる前に
一部でも手放す ことを恐れないでほしい。

頑張り続けるのが愛じゃない。
自分の生活と心を守ることこそ、家族への愛情。

それを、あの日の私は身をもって知りました。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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