「ずっと“お姉ちゃん”で生きてきた私が、50代でその役を降りた理由」

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半世紀抱えてきた“お姉ちゃん役”を、そっと降りた日

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」
この言葉、聞いたことのある人は多いと思います。

40〜60代の女性にとって、
“長女だから”という見えない役割は、
いつの間にか心の奥に根を張り、
気づけば大人になっても自分を縛り続けていたりします。

実は私自身も、その一人でした。

私は二人姉妹の長女。
妹は小さくて守られるべき存在で、母は下の子に手がかかる。
それは頭では理解しているのに、胸の奥ではずっと重たい何かが残ったまま──。

年齢を重ねた今でも気づけば家族優先、周り優先。
自分を後回しにするクセが抜けないのは、きっとあの頃の名残なんだと思います。


【運動会で独り占めしたかった手】

幼稚園の運動会に「お母さんと手をつないで踊る」という種目がありました。

その日は、母を独り占めできる特別な時間になるはずでした。
ところが、踊りの途中で妹が乱入。
気づけば、三人で手をつないで踊っていました。

母に悪気はありません。
「みんなで踊れば楽しいでしょ」という、ごく自然な感覚だったのでしょう。
三人で手を繋いでいる光景は微笑ましいものだったと思います。

でも当時の私は、胸の奥がぎゅっと締めつけられたような気持ち。
せっかくの運動会の思い出が、悲しさで上書きされてしまいました。

半世紀近く経った今でも、そのシーンだけは鮮明です。


【理不尽を文章にしていた小学生】

小学校の学級便りに、匿名で載った一つの作文。
書いたのは私でした。

「妹と喧嘩をした時、いつも私だけが怒られる。
妹が原因の時もあるのに、確認もされず『お姉ちゃんなんだから』と怒られる。」

幼い自分が言葉にして訴えていたのだと思うと、いじらしくて胸が痛くなります。
この頃にはすでに、“長女は我慢するもの”という価値観が、私の中に染み込んでいたのでしょう。


【気づけば、大人になっても「順番をゆずる癖」】

大人になっても、そのクセは消えませんでした。

家族優先。
周りを立てる。
自分の気持ちは後回し。

それが自然にできるなら良いのですが、
時に苦しくなることもある。

そしてだんだん自分の大切なものがわからなくなる。
あなたは何が欲しいの?何をしたいの?

“私ばかりが頑張っている”
そんな気持ちがチラッと顔を出すと、とたんに息苦しくなる。

長女は、強い。
でも、強がりでもある。


【お姉ちゃん役はもう手放してもいい】

最近、ふと思うようになりました。

「もう、長女役を降りてもいいのかもしれない」

だって私ももう50です。
妹を守る役割も、親の期待に応える立場も、
家族を優先し続ける“良い子の私”も手放してもいいんじゃない?

人としての優しさは残したまま、
“お姉ちゃんだから”という呪文だけを、そっと脇に置く。

それはわがままではなく、
人生を丁寧に整えていく大人の女性の“自立”だと思うのです。

「長男だから我慢できた」という
炭治郎のあのセリフが胸に刺さったのは、
きっと私もずっと頑張っていたから。
長女だから我慢できた場面が、人生の中に無数にあったから。


【自由奔放に生きてもいい】

大人になると、
もう一度“自分の生き方を選び直す”という機会が訪れます。

それは過去を否定するのではなく、
あの頃のあなたをやっと抱きしめてあげられるタイミング。

もし今日この記事を読んで
少し胸がチクッとしたり、涙がのぼってきたりしたなら、
それは心が癒える準備が整ってきたサインです。

長女の役を降りるかどうかは、あなたが決めていい。
そしてどんな選択でも、あなたはもう十分によくやっている。


これからの人生を自由に生きる

私はもう50歳。
誰に遠慮するでもなく、自分の人生を自分のペースで楽しんでいい年齢になりました。

長女のさがを抱えたままでもいいし、
そこから自由になってもいい。

「私はこう生きたい」
そう静かに選び取ることこそ、
長女だった私への最高の贈り物なのかもしれません。

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この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

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