20代の頃、私は本気でこう思っていました。
「30歳なんてもうおばさん。人生の終わり。」
いま振り返ると笑ってしまうけれど、当時は真剣だったんです。
今日、バイトの20代の子と話していて、
その子も「もう歳だ〜!」なんて言うものだから、
昔の自分を思い出してなんだか懐かしい気持ちになりました。
だって私も、まったく同じだったから。
■ 30になったら終わると思っていた。でも終わらなかった。
30歳になった日、
「なんだ、全然終わらないじゃない」と拍子抜けしました。
肌のハリは確かに減ったけれど、
心の芯、好きなもの、性格、価値観のベース。
そういう“本質”みたいな部分は驚くほどそのまま。
40になった時も同じ。
「50歳になったらもうどうなるんだろう…」と怖がっていたけれど、
実際に50を迎えた私は、
若い頃よりずっと静かで、ずっと自由で、ずっと自分が好き。
■ 若さは確かに美しい。でも「大人の女」には別の正義がある
若いって、本当に素晴らしい。
何もしなくても輝いていて、
肌も髪も、すべてが自然の恵みのような美しさで満ちている。
若いは正義。
これは本当にその通り、事実だと思う。
でもね――
大人の女も、正義なんです。
しわやシミがあっても、
何度も泣いて、立ち上がって、
たくさんの選択を繰り返してきた顔って、
若さとは違う“深さ”という美しさを持っている。
時間をかけて育ててきた自分の人生が、
そのまま表情に刻まれている感じがして、
私はいまの顔が結構好きです。
■ 過去の自分を“プレイヤー視点”で見守れるようになった
最近ふと気づいたことがあります。
20代で背伸びしていた私も、
30代で仕事と家族に追われていた私も、
40代で泣きながら何とか踏ん張っていた私も――
全部かわいい。
ドラクエで例えるなら、
画面の中で敵と戦っているのが“ユリコ”。
そして、すこし離れたところで
コントローラーを握って見守っているのが“百合子”。
必死に剣を振って、転んで、また立ち上がって。
そんなユリコを、「よく頑張ってるな」と思いながら見ている自分がいる。
この感覚は、
年齢を重ねたからこそ持てるやさしい視点なんだと思う。
■ 私は“手入れされたクラシックカー”でありたい
新車は美しい。
それは当たり前。
でも、何十年も大切に乗られ、
磨かれて、修理され、
時間の重なりをまとったクラシックカーには、
新品にはない 味わいと風格 がある。
私はそんな女性でありたい。
疲れたら休ませ、
酷使したら労わり、
丁寧に手入れをして、長く走らせる。
「古びる」のではなく、
「深まる」ように歳を重ねたい。
■ 年齢は“減る”ものではなく、積み重なるもの
20代には20代の美しさがあり、
50代には50代にしか出せない静かな輝きがある。
若さは素晴らしい。
でも、大人の女も負けていない。
むしろ私は、
年齢を重ねたいまの自分が一番好きです。
これから先も、
時間とともに深まる女性でいたい。
そう思えるようになったことが、
歳を重ねる最大のご褒美かもしれません。

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