形の違う愛に気づいた日のこと

目次

親は変わらない。でも私は変われた。

沖縄の後に訪れた“本当の親離れ”の話**

沖縄へ行って体を休めて、
人生の“宿屋”から戻ってきた私を待っていたのは、
思った以上に厳しい現実だった。


■ 私が店を休んだことは「遊んでいる」と映ったらしい

親は団塊の世代。
戦後の価値観のまま生きてきた人たちだ。

・休まず働くことが美徳
・気合でなんとかする
・仕事を人に任せるなんて甘え
・家族経営はみんなで汗を流すもの

その中で育った私は、
ある意味ずっとその価値観に縛られてきた。

だから私が突発的に沖縄へ行った時、
親の目には“遊び呆け”に見えたみたい。

そして、働き方を変えて
スタッフに任せる部分を増やしたら、
こう言われた。

「お前のやり方は全部気に入らない」

もう、心がズキッとした。


■ 話合いはした。でも届かない

私は必死だったんだよね。

自分の体も限界。
夫の介護もある。
店の経営も私一人。

だから、仕事のやり方についても
「私はこう思う。こうしていきたい。
お父さんはそう思うんだね」
と丁寧に伝えた。

でもね——
届かないの。

“親のやり方を頭ごなしに否定していない”
“反論していない”
“丁寧に寄り添っているつもり”

全部“つもり”だったんだよね。

親からしたら、
ただ娘が反抗してるように見えただけ。


■ 古参スタッフと親を集めて、夫の状態を伝えた日

夫の病状が進んで
介護認定もおりて、
いよいよ私の心身が限界に近づいた時。

スタッフと親を集めて、
夫の状態を正直に話した。

病名、
治らないこと、
ゆっくり進行していくこと。

話しながら涙が止まらなかった。

「これが私が向き合っている現実なんです」

そう伝えたかった。

だけど——
親は助けてくれなかった。

その瞬間、
心のどこかがポキッと折れた。


■ 「なんで助けてくれないの?」

しばらくの間、
私は親を恨んだ。

・どうして何もしてくれないの?
・なんでこんなに大変だって伝えてるのに?
・娘のSOSが聞こえないの?
・家族なのに?

正直、悲劇のヒロインになっていたと思う。

でも、
ある時ふと気づいた。


■ 親は変わらない。

変わったのは“私の期待”のほうだった

親はもう70代。
体力も気力も衰えている。
手伝うのが難しい年齢かもしれない。

そして親にとって
「店を任せている」こと自体が
最大の愛情だった
のかもしれない。

私はそれを
“もっと別の形の助け”で返して欲しかった。

でもそれって、
私が「こうあってほしい親像」を押し付けてただけだった。
親が私に「こうするべきだ!」と押し付けていたのを悲しんでいたのにね。

多様性を語りながら、
親の価値観は変えようとしてたんだよね。
自分の理想の親を求めてた。

親にも人生がある。
親の価値観は、もう変わらない。
そして変える必要もない。

そう気づいた瞬間に、
恨みがふっと消えた。


■ “親子だから助けるもの”という価値観を手放した時、私は大人になった

私はアラフィフ。
もう立派な大人だ。

親が助けてくれなくても、
それは冷たいわけじゃない。

親は親の人生を生きているだけ。
私も私の人生を生きているだけ。

親子であっても、
価値観が違ってもいい。
考え方が違ってもいい。

お互いの人生は、
それぞれのもの。

この感覚がストンと落ちた時、
なんと不思議なことに——

親との関係が、自然と良くなった。

期待が外れたからこそ、
自然体で向き合えるようになったのかもしれない。


■ 愛情は自分が望む形をしているとは限らない

あの出来事をどうしても許せなかった時期があった。

「どうして助けてくれないの?」
「ここまで大変なのに、なぜ気づいてくれないの?」

心の中の私はずっと訴えていた。

でも、ある時ふと気づいた。

私は“自分がほしい形の愛情”ばかりを見ていたんだ。

親に求めていたのは、
困った時に手を差し伸べてくれる“ケアとしての愛”だった。

でも親が長年私に与えてくれていたのは、
店という大切なものを託し、私の判断を信じるという
“信頼としての愛”だった。

目を凝らして見てみたら、
ずっとそこに愛はあった。

ただ、形が違っていただけ。


親との関係って、
うまくいかない時は本当に苦しい。

でもね、
愛はいつも自分が望む形で届くとは限らない。
そして、届いていないように見えても、静かにそこにあることがある。

その違いに気づけた時、
私は初めて親を“親ではなく、一人の大人”として尊重できた。

そして同時に、
親に期待しすぎていた自分を手放すことができた。

親を変えるんじゃなくて、
親の“愛の形”をそのまま受け取れるようになる。

それが、
もしかしたら “親離れ” のひとつの方法なのかもしれない。

この気づきが心に落ちた瞬間から、
親との関係は不思議と、静かに、優しく、戻っていった。


この出来事のあと、
私の中で起きた変化については、
別の記事に書いています。

▼ 後編リンク
本当の親離れが、こんなにも気持ちのいいものだとは思わなかった

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

菊池百合子|50代・飲食店経営・海と山のある地方都市在住
家を手放して暮らしを再設計し、
50代からのお金・不動産・介護・働き方を整えてきた生活者です。
不動産売却の実体験、介護と仕事の両立、NISAや高配当株の運用など、
「人生後半を軽やかに生きるヒント」を等身大で発信しています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次