◇死亡フラグが立ったかとちょっと身構えた
昨年の誕生日一週間のこと。
夫が、静かに、でも妙に真剣な声で言った。
「百合子に誕生日プレゼント買いたいんだけど。一人では行けないから、一緒に来てくれる?」
……あれ?
この20年、うちの夫婦に“プレゼント文化”なんて存在していただろうか?
振り返ると、
- 指輪なし
- 披露宴なし
- 記念日イベントなし
- ホワイトデーは“風のように通過”
そんな我が家で突然のプレゼント宣言。
ふつうに思った。
「死亡フラグかな…?」
(落ち着いてください。夫は今も穏やかに暮らしています。)
でもその言葉の奥に、
“サプライズしたいけれど、
もう一人では外出ができない”という夫の気持ちが透けて見えて。
夫が私にプレゼントを贈りたいというのは一生に一度の気まぐれかもしれない。
私は静かに決めた。
「よし。ここはティファニーだ。」
◇ ティファニーの世界に足を踏み入れた私たち。場違いでも、不思議と居心地は悪くなかった
店内は宝石と微笑みが混ざったような光に満ちていて、
一歩入った瞬間、背筋が自然と伸びた。
完全に場違いな私たちだけど、夫は落ち着いた表情で、
スタッフさんが私の首元にネックレスを当てる様子を
じっと見ていた。
その姿がなんとも言えず優しくて、
思わず胸がじんとした。
選んだのは、一粒ダイヤのバイザヤード(By the Yard)。
シンプルで、静かに上品。
白いリボンに彩られたティファニーブルーの箱を手にした瞬間、
少しだけ涙が出そうになった。
(会計は私のカードですけどね。この気持ちは確かに夫のものだった。)
◇ その後の鉄板焼きディナーは“ほぼ私プロデュース”だけど、それも悪くなかった
ティファニーの後はホテルの鉄板焼きへ。
もちろん、
- 予約:私
- 誕生日プレート:私
- 段取り:私
- 支払い:私のカード
と、サプライズ要素の大半は“私の努力”で構成されていた。
でも、鉄板の上で炎がふわっと上がった瞬間、
夫がぽつりと言った。
「こういうの…いいな」
その一言が、
今日のすべてをやわらかく照らしてくれた。
ああ、
これは“介護の現実”とは別の時間なんだな、と思った。
◇ 介護の日々は地味にしんどい。でも、その合間に落ちている宝石みたいな瞬間がある
介護って、
劇的でも感動的でもない。
ただ日常の細部をじわじわと変えていくもの。
だけどその中に、
ふと落ちている宝石のような瞬間がある。
私はこの日の誕生日を一生忘れないだろうな。
夫が
“祝いたい”
と思ってくれた、その気持ち。
それを受け取れたこと。
そして、
上手に整わない日々の中で、
こういう静かな幸福を拾えることのありがたさ。
それが、
私を今日もちゃんと前に進ませている。
(今年の誕生日は何も起こりませんでした)

コメント