🔲人生はロールプレイングゲームと同じ
子どもの頃、私はドラクエⅡにどハマりしていました。
あの世界は、私の人生観に大きな影響を与えたと思っています。
ローレシアから始まる長い旅。
仲間が増えるまで孤独な冒険。
突然の悲劇。
手に負えない強敵(ロンダルキアの悪魔たち)。
逃げるしかない時期もある。
それでも少しずつ強くなっていく。
……人生って、まさにこれと同じだな、と最近よく思うんです。
50代の今、私は
人生の問題=“クエスト”として扱う
というクセが完全に身につきました。
そしてこれが、本当に生きやすさに繋がっている。
■ 人生の問題は「クエスト」。まずは情報収集から
ドラクエⅡって、
最初から大事件に巻き込まれますよね。
ムーンブルクが滅ぼされる。
ハーゴンが絶望をもたらす。
勝手に旅立たなきゃいけない。
人生も似ています。
こっちの都合なんて関係なく、突然トラブルが降ってくる。
でもドラクエⅡで学んだのは、
“いきなりロンダルキアに行こうとしてはいけない”
ということ。
人生でも同じで、私はまずこうします。
- 起きた問題を切り分ける(=町の人の話を聞く)
- 自分でできることを決める(=今行ける範囲の探索)
- 無理な敵には近づかない(=強敵は後回し)
- 時間が解決することは待つ(=レベル上げ)
- 経験値を“人生の糧”に変える
そうやって淡々と進めると、
問題は「不幸」ではなく「クエスト」になる。
これだけで人生の重さはかなり軽くなります。
■ 「ユリコ(キャラ)」と「百合子(プレイヤー)」の存在
ドラクエの魅力は、
キャラクターを操作しているようで、
実は自分自身も旅している感覚になるところ。
最近の私は、
人生にも二人の自分がいると感じています。
◆ 画面の中で戦っている ユリコ(キャラ)
・体力の限界を感じたり
・問題にぶつかって落ち込んだり
・時々全滅しかけたり
・MPが尽きたり
・仲間を探したり
◆ その外で操作している 百合子(プレイヤー)
・今の状況を冷静に俯瞰し
・“逃げる”も選択肢に入れ
・回復を優先したり
・作戦を練り直したり
・無理な戦いは避けるよう促したり
この二重視点を持てるようになってから、
ユリコがどんなに大変でも、
百合子がそっと肩を支えてくれている気がする。
これが、私の人生を軽くしている大きな理由です。
■ 登山で得た「ほどよい難易度が心を整える」感覚
ドラクエⅡって、
町→ダンジョン→町→ダンジョンのメリハリがあるから続けられるんですよね。
私は登山でもまさにその感覚を味わいます。
整備された道も好きだけれど、
少し慎重さが必要な岩場や段差のある道は、集中が必要でどこかワクワクする。
でも人生は、
ずっと“ロンダルキア級”である必要はない。
刺激は登山に任せて、
人生はもっとイージーモードでいい。
そう思うようになりました。
■ 50代からは、人生の“難易度設定”を変えていく
ローレシアの王子だって、
無茶なルートを選ばなかった。
私もようやく
「難易度調整」を意識するようになりました。
・仕事は仕組み化して軽く
・家計は自動化して楽に
・ブログやSNSは型を作る
・住まいはシンプルで心地よく
・刺激は旅や登山で
・問題はクエストとして扱う
強さだけで進む時代はもう終わった。
これからは、
“賢さ”と“軽やかさ”で旅するフェーズ。
そんな感覚がしっくりきています。
■ おわりに:
ドラクエⅡの旅は、
絶望から始まりながらも、
仲間が増え、希望が生まれ、
最後には深い達成感で終わります。
人生も同じ。
思わぬタイミングでトラブルが起きても、
それはただの“次のクエスト”。
キャラクターとしてのユリコが前に進み、
プレイヤーの百合子が方向をつける。
その二人が協力すれば、
どんな逆境も「クリア可能なイベント」になる。
50代の今は、
その実感を深く噛みしめながら生きています。

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